小野不由美『鬼談百景』

鬼談百景 (幽BOOKS)

鬼談百景 (幽BOOKS)

いかにも実話風な書き方が怖い。なにしろオチない。因果が不明。ほのぼのだったり単に不思議だったりな話もあるけど、怖いものはぞわっと怖い。
目次を数えてみたら、99話だったのがまたニクい演出で。
誰しも『気のせいだろう』『夢だろう』で片付けてある不可思議体験の一つや二つあるかと思うんだけれども、それを思い出してしまうと百物語になってしまう……。
というわけで、私の恐怖体験をそれっぽく書いてみる(笑)

Sさんは当時、古い木造アパートの一室に住んでいた。玄関を開けると右に小さなキッチン、左にユニットバスがあって、短い通路がそのまま六畳の部屋に続いている小さなワンルームだ。
仕切りもなにもないから、突き当たりに置いてあるベッドまで素通しだが、シャワーを浴びた夜は湿気が篭るのでユニットバスの扉を開けたままにする。外開きの扉は通路の幅いっぱいで、ちょうど衝立のように玄関は見えなくなる。
ある夜、Sさんは夜中にふと目を覚ました。
角部屋だったので、室内は夜でも薄明るい。キッチンの側にある窓から街灯の灯りが入るからだ。
ベッドの脇には小さなコタツ。その向こうには狭いクローゼットの扉。通路を挟んで洗濯機と冷蔵庫が並んでいる。キッチンの半ばで通路を塞ぐユニットバスの扉。
そこまでを見てとってSさんはギクリとした。
ユニットバスは多少高い位置にあるので、扉と床の間には二十センチ余りの隙間がある。その隙間に白っぽい何かが見える。
床材は茶色で玄関扉は黒いから、そこに白などという色が見えるはずはなかった。レジ袋でも置いたっけ、と考えたところで再度ギクリとする。
それは足に見えた。生白い二本の、足。
誰かいる、と身を硬くした時、ユニットバスの扉がつと動いた。足らしきものは微動だにせず、扉だけがゆっくりと、僅かづつ、閉まってゆく。
閉めてしまえば玄関まで素通しだ。向こう側が見えてしまう。
それが生身の不審者ならば、目を離すのは愚の骨頂であっただろう。だがその時Sさんは、寝言を呟くふりをしながら寝返りを打って背を向けた。あと僅かでも扉が閉まれば、向こう側の誰かが見えてしまう。それが怖くてたまらなかったという。
そのまま寝たふりを続けながら耳だけで様子を伺い、意を決して再度寝返りを打ったところで目を覚まし、Sさんは混乱した。
あんな状態で眠れるはずもないし、眠ったつもりもないのだが、いま目が覚めたという感覚は確かにあった。もちろん部屋には誰もいないし、閉まりかけていた扉は開いたままだ。
だから夢なんだろうけど、とSさんは笑う。
怖かったのはもちろんだけど、さっきのが夢なら今起きているつもりの自分は本当に起きているのか、と思ったあの奇妙な感覚は忘れられない、という。